去年、エッセイストクラブ賞を受賞なさった沢村貞子さんの『私の浅草』の中に、萬盛庵物語という一編がある。それに店構えが次の如く描かれている「むかし、浅草の観音堂の裏手一帯は、奥山と呼ばれていた。私が子供のころ、そこに萬盛庵という大きなそば屋さんがあった。
大通りから観音さまへ抜ける路の角にある、船板塀に添った冠木門から、きれいな庭が見えた。三百坪はたっぷりあると思われる敷地に母屋をとりまいて、いくつかのしゃれた離れが建っていた。その部屋から部屋をつなぐ小道添のじゃり浜の、ところどころに、大きなつくばいがあって、いつもきれいな水が溢れていた。」